山口市の海岸線は、研究者の間で「多様な生物の最後の楽園」と讃えられることがある。
以下に示す生物の多くは絶滅危惧種に指定されており、他の地域で消滅してしまったものも少なくない。
私たちが普段何げなく見ている生物には、大変珍しいものがあるようだ。
海岸線の保全については、バブル期の開発に遅れをとったことが今や幸いした。
そして、もうひとつ。
周防灘に突き出た岩屋半島は、多様な生物の分布に決定的な影響を及ぼしている。
東岸と西岸の環境を二分するからである。
実際、環境ごとに異なる生物相が育まれており、
貝類だけでも実に三百種以上のバラエティーに富んだ顔ぶれを記録している。
山口湾は岩屋半島の西岸に位置しており、外海から遮断され、
広大な泥質干潟が発達する閉鎖的な環境である。
湾奥は椹野川の影響を受け、汽水域に特有の芦原が見られる。
代表的な生物を環境別に列挙すると、
汽水域の芦原にはアシハラガニ、シマヘナタリ、オカミミガイ、
泥質干潟にはトビハゼ、ヤマトオサガニ、ハナグモリが見られる。
山口湾の生物には、寒冷な時代に中国大陸から分布域をのばし、
その後の温暖化による日本列島の島嶼化によって今日では大規模な内湾奥でのみ生き残るものがある。
オカミミガイはその代表格である。
一方、秋穂湾や中道湾一帯は岩屋半島の東岸に位置しており、
外海に開け、清浄な砂浜と岩礁が発達する開放的な環境である。
砂質干潟にはツメタガイ、ハスノハカシパン、キンセンガニ、
岩礁にはダイダイイソカイメン、ベニアミコケムシ、ケヤリムシが見られる。
湾口部の岩礁には、季節によって美しい色彩のウミウシ類が観察できることから、
黒潮の影響が示唆される。
ハハジマノミニナやモンウグイスなどの熱帯系貝類の出現も、これを裏付けている。
とりわけ岩屋半島の先端部は、東岸と西岸との間で環境の相違が著しく、
山口市の海岸線の生物地理をコンパクトに表している。
美濃ケ浜と呼ばれる東岸には、
カニモリガイ、ハスノハカシパン、ケヤリムシなどが普通に見られるが、
山口湾に面する西岸では見かけない。
一方、東岸では観察できないイボウミニナ、ヤマトオサガニ、アナジャコが西岸には多産する。
どうやら、私たちが何げなく見ている山口市の海岸線は、
他地域ではあまり見られない特異な環境と貴重な生物を育んでいるようだ。
出典:山口商工会議所やまぐち歴史・文化・自然検定実行委員会『「やまぐち歴史・文化・自然検定」公式テキスト やまぐち本』、2009年。